英国の金融行動監視機構(FCA)は2026年4月30日、資産運用業界におけるブロックチェーン技術の導入を劇的に加速させる新たな指針を公表しました。

今回の政策声明 PS26/7 は、既存の法的枠組みを維持しながら、トークン化されたファンドの運用を実務レベルで可能にする画期的な内容を含んでいます。

金融ハブとしての競争力を維持し、デジタル資産の普及に対応するための大きな一歩となります。

金融近代化へのロードマップとFCAの狙い

今回の発表は、2025年1月にFCAが首相に宛てた書簡の中で示した「デジタル資産ロードマップ」の重要な成果物の一つです。

英国は、金融市場インフラの近代化を最優先事項として掲げており、その核心にあるのが「トークン化」と「分散型台帳技術(DLT)」の活用です。

FCAの市場担当エグゼクティブ・ディレクターであるサイモン・ウォールズ氏は、トークン化が資産運用業界において不可欠な役割を果たす と断言しています。

従来、ブロックチェーンを利用した試みは、サンドボックスなどの限定的な実験環境で行われることが一般的でしたが、今回の指針は、認可を受けた既存のファンドが、通常の規制の範囲内でトークン化を導入できる経路 を明確に示しました。

業界モデル「ブループリント」の正式採用

FCAは、業界団体が主導して策定した「ブループリント」モデルを、既存の法的・規制的枠組みの中でトークン化投資家名簿を運用するための標準として認めました。

これにより、資産運用会社は、大幅な法改正を待つことなく、最新技術を自社の運用プロセスに組み込むことが可能となります。

オンチェーン記録を「原本」として認定する画期的な転換

今回の指針における最も注目すべき点の一つは、投資家名簿(レジスター)の管理手法です。

FCAは、DLT上のオンチェーン取引記録を、ユニット取引の「主要な帳簿(プライマリー・レコード)」として認める ことを確認しました。

ミラーレコードの作成義務を撤廃

これまで、デジタル技術を導入する場合でも、万が一の障害に備えてオフチェーン(従来のシステム)での複製記録を二重に保持する必要があると考えられてきました。

しかし、FCAは適切な「レジリエンス計画(回復力計画)」が策定されていることを条件に、オフチェーンでのミラーレコード保持は不要である という見解を示しました。

これにより、運用会社は二重のシステム管理コストを削減でき、DLTのメリットを最大限に引き出すことができます。

また、投資家名簿は複数のブロックチェーンにまたがって記録することも許可されており、投資家の権利が同一である限り、柔軟なネットワーク選択が可能です。

新たな取引モデル「Direct-to-Fund (D2F)」の導入

ファンド運営の効率化をさらに推進するため、FCAはオプションとして「Direct-to-Fund(D2F)」と呼ばれる新しい取引モデルを導入しました。

これは従来の運用モデルを根本から変える可能性を秘めています。

従来モデルとの違い

従来の英国市場では、認可基金運用会社(AFM)が「プリンシパル(取引当事者)」として投資家とユニットの売買を行い、必要に応じてファンドからユニットを発行・解約する「マネジャーズ・ボックス」という手法が一般的でした。

新しく導入されるD2Fモデルでは、投資家がファンド(または受託会社)と直接取引を行う 構造となります。

項目従来のボックスモデル新規D2Fモデル
取引当事者AFM(運用会社)ファンド(受託会社)
発行・解約プロセス多段階(投資家-AFM、AFM-ファンド)単一ステップ
決済の効率性複雑で照合に時間を要するオンチェーンでのアトミック決済に適している
主なメリット運用会社による流動性提供運用効率の向上、決済リスクの低減

D2Fモデルの採用により、発行から決済までを単一のステップで完結させることができ、オンチェーンでの即時決済(アトミック決済)との親和性が非常に高まります。

FCAは、このモデルが特に T+1またはT+0といった決済サイクルの短縮 に寄与すると期待しています。

パブリックDLTの使用とスマートコントラクトの活用

FCAは、イーサリアム(Ethereum)のような「パブリックDLTネットワーク」を投資家名簿の管理に使用することに対しても、前向きな姿勢を維持しています。

ただし、これには適切なガバナンスとコントロールが前提となります。

スマートコントラクトによるコンプライアンスの自動化

運用会社は、スマートコントラクトを活用して、投資家の資格確認やKYC(本人確認)プロセスを自動化することが推奨されています。

  • ホワイトリスティング: 認証されたアドレスのみがトークンを保有・移転できる仕組み。
  • 凍結・強制移転機能: 裁判所の決定や消費者保護の観点から、運用会社がオンチェーンで資産を操作できる権限を保持すること。

FCAは、運用会社が名簿に対する最終的な権限を保持することを明確に求めています。

これにより、分散型台帳の透明性と、規制当局が求める中央集権的な責任体制が両立されることになります。

今後の展望:ステーブルコインとデジタルキャッシュの統合

2026年後半以降、FCAはさらに踏み込んだ施策を予定しています。

その中には、ファンドの決済や経費支払いに ステーブルコインやデジタルキャッシュを使用するための規則変更 が含まれています。

2027年の包括的規制フレームワークに向けて

現在、ステーブルコインの利用については個別の権利放棄(ウェイバー)申請が必要ですが、2027年10月にはステーブルコインの発行・保管・ステーキングなどをカバーする包括的な「暗号資産規制体制」が完全施行される予定です。

FCAはこれに先駆け、2026年を通じてホールセール市場におけるDLT活用のさらなる意見募集を行うとしています。

また、将来的には「トークン化された資産(債券や株式など)」を組み入れたファンドだけでなく、キャッシュフローそのものをトークン化し、スマートコントラクトで自動管理する「コンポーザブル・ファイナンス」 の実現も視野に入れています。

まとめ

今回のFCAによる指針公表は、英国が暗号資産やブロックチェーンを金融システムの「外側」にある投機対象としてではなく、「内側」にあるインフラの進化形 として正式に受け入れたことを意味します。

既存のルールを遵守しながらオンチェーン名簿やD2Fモデルを採用できるようになったことで、資産運用会社は法的な不確実性を恐れることなく技術投資に踏み切ることが可能となりました。

これは投資家にとっても、より効率的で透明性の高い、そしてアクセスの容易な運用商品の登場を期待させるニュースです。

英国の金融市場は、2027年の完全な規制施行に向けて、デジタル化へのギアを一段上げたと言えるでしょう。

まとめ

本記事では、英国FCAが公表したファンドのトークン化に関する最新指針の詳細と、その背景にある金融インフラの変革について深掘りしました。

  • PS26/7の発効: 既存の法的枠組みの中でブロックチェーンを活用する道が確定。
  • オンチェーン原本の承認: 二重の記録保持が不要になり、コスト削減と効率化が加速。
  • D2Fモデルの誕生: 単一ステップでのユニット発行が可能になり、アトミック決済への準備が整った。
  • 規制の安定性: 2027年の完全移行に向けたロードマップが明確になり、企業の参入障壁が低下。

金融とテクノロジーの融合は、もはや実験の段階を終え、実運用のフェーズへと突入しています。

英国のこの動きは、日本を含む他国の規制当局や金融機関にとっても、重要な参照モデルとなることは間違いありません。