米連邦議会上院は2026年5月1日、議員およびその職員が予測市場プラットフォーム上で取引を行うことを全面的に禁止する決議案S. Res. 708を全会一致で可決しました。

この動きは、Polymarket(ポリマーケット)やKalshi(カルシ)といったプラットフォームの急速な普及に伴い、政治的な意思決定に直接関与する立場を利用した「インサイダー取引」を未然に防ぐための初の本格的な法的規制として位置付けられています。

これまで曖昧だった予測市場における倫理規定が、株式取引と同等の厳格さで運用される道筋が示されました。

上院決議「S. Res. 708」の背景とバーニー・モレノ議員の主張

今回の決議案を提出したのは、オハイオ州選出の共和党議員、バーニー・モレノ氏です。

同氏は、議会での職務が個人的な利益追求の手段に変質することを強く批判してきました。

全会一致という異例の速さと結束で可決された背景には、議員による不透明な金融活動に対する国民の厳しい視線があります。

「公務は副業ではない」という倫理観の徹底

モレノ議員は声明の中で、「議会で働くことは名誉であり、サイドハッスル(副業)ではない」と断じました。

納税者からの給与を受け取り、国家の命運を左右する機密情報にアクセスできる立場にある者が、その情報を利用して予測市場で投機を行うことは、民主主義の根幹を揺るがす行為であるという認識が超党派で共有されました。

予測市場特有のリスクと規制の必要性

予測市場は、選挙結果や政策決定、地政学的なイベントの成否に仮想通貨や現金を用いて「賭ける」仕組みです。

従来の株式市場以上に、「結果をコントロールできる立場にある者」が有利になる構造を持っており、法整備が急務とされていました。

今回の決議により、上院議員とそのスタッフは、自身の職務に関連するか否かを問わず、あらゆる予測市場プラットフォームでの活動が禁じられることになります。

衝撃を与えた米軍特殊部隊員によるインサイダー事件

今回の上院の素早い対応の裏には、2026年初頭に発覚した衝撃的なインサイダー取引疑惑があります。

米陸軍の特殊部隊兵士が、軍事作戦の機密情報を利用して予測市場で巨額の利益を得ていたことが判明し、米司法省(DOJ)と商品先物取引委員会(CFTC)が動く事態となりました。

ベネズエラ情勢をめぐる「40万ドルの賭け」

起訴されたのは、ノースカロライナ州フォートブラッグに駐留する米陸軍上級曹長、ガノン・ケン・バンダイク氏(38歳)です。

同氏は米軍の極秘作戦であるOperation Absolute Resolve(アブソリュート・リゾルブ作戦)に関与していました。

バンダイク氏は、ベネズエラのマドゥロ大統領が失脚するかどうかの予測市場において、作戦の進行状況という「絶対的な非公開情報」をもとに、Polymarketで43万6,000株以上の「Yes」シェアを購入しました。

結果として、同氏は約40万4,000ドル(約6,000万円以上)の利益を得たとされています。

項目内容
被告人ガノン・ケン・バンダイク(38歳 / 陸軍上級曹長)
プラットフォームPolymarket
対象イベントベネズエラ・マドゥロ大統領の失脚予測
獲得利益約40万4,000ドル以上
適用容疑インサイダー取引、機密情報漏洩に伴う国家安全保障侵害

CFTCのマイケル・S・セリグ委員長は、この事件について「米軍兵士の命を危険にさらし、国家安全保障を私利私欲のために利用した極めて悪質な事例」と厳しく断罪しています。

この事件は、予測市場が単なる娯楽ではなく、国家の安全保障を脅かす脆弱性になり得ることを全米に知らしめました。

トランプ政権の動向と連邦職員への波及

行政側もこの動きと連動しています。

トランプ大統領は4月下旬、連邦職員による予測市場への関与について「徹底的に調査するつもりだ」と明言しました。

ホワイトハウスはすでに全連邦職員に対し、機密情報を金融市場や予測市場での賭けに利用しないよう警告する内部通達を出しており、政府全体で「インサイダー排除」の動きが加速しています。

予測市場は、その性質上、情報の正確性がそのまま価格(オッズ)に反映される「情報集約機能」を持っています。

しかし、その情報が「内部からのリーク」によって構成されている場合、市場の公正性は完全に失われます。

政府は、予測市場が行政の意思決定を歪める要因にならないよう、監視体制を強化しています。

予測市場プラットフォーム側の反応:KalshiとPolymarket

興味深いことに、規制の対象となる側のプラットフォームも、今回の上院決議を前向きに捉えています。

予測市場の正当性を確立するためには、不正な取引を排除する法的な裏付けが不可欠だからです。

業界リーダーによる「賛成」の表明

Kalshiの創業者であるターレク・マンスール氏は、今回の決議を「素晴らしい一歩」と評価しました。

同社はすでに自主的に議員の取引をブロックする措置を講じていますが、法的に成文化されることで市場の信頼性が向上すると考えています。

また、Polymarketも公式声明で「全面的に支持する。当社の利用規約では以前から禁止されていたが、法制化は業界にとって大きな前進だ」と述べました。

業界の両巨頭が規制を歓迎するのは、不透明な取引が放置されることでプラットフォーム自体が法的制裁を受けたり、閉鎖に追い込まれたりするリスクを回避したいという狙いがあります。

複雑化する規制環境とCLARITY法の影

予測市場をめぐる状況は、単なるインサイダー規制に留まりません。

現在、米国内では連邦政府(CFTC)と州政府の間で、予測市場の管轄権をめぐる法廷闘争が繰り広げられています。

CFTCと州当局の対立

2026年4月、CFTCはウィスコンシン州を提訴しました。

同州が独自にPolymarketやKalshi、さらには仮想通貨取引大手のCoinbaseやRobinhoodを提訴したことに対するカウンターアクションです。

同様の対立はニューヨークやアリゾナなど計5州で発生しており、「予測市場は賭博か、金融商品か」という定義をめぐる争いが激化しています。

CLARITY法と市場の進化

5月中旬には、市場構造を明確化するCLARITY法の上院投票が控えています。

この法案が可決されれば、予測市場の規制上の位置付けが確定し、仮想通貨デリバティブとの境界線がより明確になります。

現在、Polymarketは無期限先物(パーペチュアル)取引への参入を発表しており、Kalshiも同様の動きを見せています。

予測市場が単なるイベント予測から、より高度な金融デリバティブへと進化する中で、今回のインサイダー禁止令は「機関投資家が安心して参入できる市場環境」を整えるための必須条件であったと言えます。

事実、Kalshiの2026年3月の月間取引高は119億ドルに達し、8カ月連続で過去最高を更新しています。

政治家や軍関係者といった「不公正なプレーヤー」を排除することで、市場の健全性が証明されれば、さらなる資本の流入が見込まれます。

まとめ

米上院による今回の全会一致の決議は、予測市場が「仮想通貨界隈のニッチな遊び」から「国家が規制すべき重要な金融インフラ」へと格上げされたことを象徴しています。

特殊部隊員によるインサイダー事件という衝撃的なきっかけがあったとはいえ、議員自らが自身の利権を制限する決断を下した意義は小さくありません。

今後は、上院に続き下院でも同様の規制が導入されるか、そしてCLARITY法によって予測市場がどのように定義されるかが焦点となります。

インサイダーの排除は、短期的には流動性に影響を与える可能性もありますが、長期的には「情報の透明性」という予測市場最大の武器を磨き上げることにつながるでしょう。

仮想通貨と予測市場が融合し、新たな金融の形が模索される2026年において、この規制は業界の「成熟」を示す重要なマイルストーンとなるはずです。